むかしむかしの、その昔

 鯉登さんを交えて三人で会うのは、基さんと付き合うようになってこれが初めてだった。以前三人で食事に行ったのはほんの三ヶ月ほど前だが、なんだかもっと前のように感じる。前回は突然の出来事であったが、今回は事前に約束をしての事だったので、幾分か心の準備をし服装などにも気を遣う事が出来た。
 今日は三人で、ホテルレストランでビュッフェランチに訪れているのである。
 
「いつか食べ放題のお店に行きましょう、と確かに私は言いましたよ。言いましたけどね」
「なんだ、この店は不服か?」
「不服というより、萎縮しています」
 私が思い描いていたのはもっと庶民的なお店の話だったのだ。もちろんホテルでのビュッフェランチくらい私だって友人達と行く事はある。だけれど、今日も今日とて連れて来られた店は、想像していたよりも遥かに高級なホテルのビュッフェだったのだ。一応他所行きのワンピースを身に纏ってきたが場違いではないかと気になってしまう。普段のスーツよりはカジュアルめだが、それでもかっちりとしたシャツにジャケットを羽織った基さんは、似合っているから気にしなくていいとそっと笑いかけてくれた。
「いやあそれにしても、またこうして三人で食事に行けるとはな。嬉しい限りだ」
「まったく、また三人でと何度も何度も言ってきていたじゃないですか」
「む。それでも付き合い始めの二人を邪魔しては悪いと思ってこうして数ヶ月待っていたのだぞ」
「ふふ、それはお気遣いどうもありがとうございました」
「どうだ、仲良くやってるのか」
「はい、おかげさまで」
 実際のところ、とても穏やかに仲良く過ごしていると思う。最初の一ヶ月こそ互いの仕事が忙しくなかなか会えない日々が続いたが、それもすぐに解消された。仕事が落ち着いたというのもあるし、何より家が元々近いため一度互いの部屋へ行き来してからはグッとハードルが下がり、週末だけでなく平日にもどちらかの部屋に行くということが偶にあった。特に基さんの仕事が忙しそうな時は合鍵を預かり、彼の部屋に食事を作りに行っていた。流石に重いだろうか、差し出がましいだろうかとも思ったが、基さんが申し訳なさそうにしながらも嬉しそうにしていたので、気にしないようにしていた。
 大きな喧嘩をする事も今のところなく、互いに心地良い関係を築いていっている、と少なくとも私は思っている。
「月島は無愛想だし不器用なところがあるが、芯が通っていて心根が優しい。何より愛情深い。いい男なのは保証するぞ」
「鯉登さん、いきなり何を言い出すんですか」
「なに、本当の事だ。変な事は言っとらんぞ」
「ふふ、そうですね。私もそう思ってますんで」
「月島のいいところがわかっとるならそれでいい」
「まったく、どういうポジションなんですか貴方は」
 まるで漫才のようにテンポよくそんな掛け合いをしている二人に終始笑いながら食事をしていく。最初は場の空気に緊張して味のしなかった料理達も、どれも美味しく感じた。少しの量で色々な種類の料理をと思いながら食べ進めていたが、二周する頃にはすっかりお腹いっぱいになってしまった。基さんはまだ食べ足りないようで、三周目を取りに席を立つ。鯉登さんも皿は空いていたが、今はまだいいとそのまま席に残っていた。
「どうだ、楽しんでいるか」
「はい、とても。最初は緊張しちゃいましたけど」
「月島も昔はそうだった」
「鯉登さんと基さんは、本当に仲良しなんですね。昔からの仲だって聞いてますけど」
「昔から……そうだな、随分と長い事、月島には世話になっている」
「鯉登さんが子どもの頃からですよね?」
「ん……まあ、そんなもんだ」
「鯉登さんは、基さんの事すごく大好きで大切なんだって、話してると伝わってきます」
「……そうか」
 どこか遠くを見るようにして笑う鯉登さんに、不思議な気持ちになる。
「どうかしましたか」
「いや、なに。昔の事を思い出していた」
「昔? 基さんと鯉登さんの昔の話とかですか?」
「……」
 何気なく問うと、鯉登さんは瞼を伏せ柔らかく笑った。長い睫毛が影を落とす。少しの沈黙の後、ゆっくりと鯉登さんは口を開いた。
「……昔々な、あるところにそれなりに偉い立場の軍人がいたんだ」
「えっ?」
「その軍人は、どんな壁に立ちはだかっても乗り越えてきた。側には右腕となった男がいて、そいつがいたおかげでどんな逆境の中でも頑張れたんだ」
「……」
「軍人が嫁を貰った時も、真っ先に祝ってくれた。そいつもいい加減自分の幸せを考えろと言っても、貴方に仕える事が右腕となった自分の幸せですと言って、結局最期の最期までその軍人に仕えて死んでいった」
「……はあ」
「だから、いつかどこかでまた出会えたら今度はその男が幸せになる姿を見届けたい、とその軍人は思ったそうだ」
「……ええと、それは」
「最近な、そういう話を見たんだ。今ふと思い出した」
「はあ……小説か何かですか?」
「まあそんなところだ。急に変な話をして悪かったな」
「いえ……」
 何故そんな話を急に鯉登さんがしてきたかはわからないけれど、だけど何故かその話は鯉登さんと基さんの話のような気がした。そんな訳はないのに。
 不思議な顔をしていると、まだそんなに食べるのだろうかという量の料理を取ってきた基さんが私の顔を見て「また変なことを言ったんじゃないでしょうね」と鯉登さんを嗜めていた。
 
 時間ギリギリまで料理を食べ話をし、私も最後にデザートのミニケーキを三つほど平らげてから店を後にした。今日はそれぞれの車で来ていたのでその場で鯉登さんとは別れる。
「今日は楽しかった。またいつか三人で食事をしよう」
「こちらこそ、またご馳走になってしまってすみません」
「二人への祝いなのだから気にするな。いつまでも仲良くな」
「はい、ありがとうございます」
「どうもありがとうございました」
「また連絡する。じゃあな」
 機嫌よく鯉登さんは手を振り、先に自身の車に乗り込みその場を去った。私達も基さんの車へと乗り、ゆっくりと車を走らせる。
「さっき、変な顔をしていたけど二人で何の話をしてたんだ?」
「ん? ああ、あの時?」
 鯉登さんと二人でした話を、何と説明したらいいのかと思考を巡らしたけれど、上手く答えは出なかった。
「そうだなあ、月島基という男をよろしく、って話かな」
「なんだそれは」
「ふふ。鯉登さんが、本当に基さんの事が大好きなんだなって話」
「まったく、余計にわからん」
 そう困惑しつつもどこか嬉しそうな横顔の基さんを見ながら、私はさっきの鯉登さんの話を思い出していた。あの話が二人の話かどうかなんて、私にはわからないし知る由もない。それでも、本当に誰かの為に自分の幸せを犠牲にしてしまいそうなこの人を幸せにする為に、私は頑張りたいなと、その横顔を見ながら考えるのだった。